チョン・ユギョン アーティスト・トーク レポート／江上賢一郎

昨晩、チョン・ユギョンさんの個展「After Potemkin Villages」のアーティストトーク、来場・オンラインでのご参加いただきありがとうございました。

４月からtetraで滞在制作を続けていたユギョンさんですが、今回の成果展では韓国在住中に韓国国立美術館（MMCA）で発表した作品「Letter of a private」（2020)の映像作品、そして福岡で滞在した新作「After Potemkin Villages」について解説してもらいました。以下はその時のメモと個人の感想です。

「Letter of a private」は、2017年から2020年の韓国滞在中に直面した、自身の徴兵制問題をもとにした映像作品。韓国では2018年に徴兵制の法改正が行われ、「在外国民２世」である作家にも韓国在住3年を超える場合に徴兵制が適用されることになり、「どこか遠くに感じていた戦争や国家が急にリアルなものとして近づいてきた」感覚を受けたと話す。タイトルは、徴兵前の男の心情を歌った韓国の歌手キム・ガンソクの「二等兵の手紙」から引用。この歌のyotube動画のコメント欄には、訓練所に向かう前日の韓国の若者たちの心情が多く書き連ねられているが、その内容は軍隊に向かう心中の吐露から、徐々にフェミニズム、女性へのバッシングへと移行していく。作家は、バスターミナルでこれらのコメントを手紙として朗読することで、徴兵制が日帝植民地、朝鮮戦争、冷戦構造による半島分断、軍事独裁政権にまで遡る国家と暴力の構造的問題としてだけでなく、家父長制的ミソジニーの心性を生み出す装置として駆動していることを明らかにする。また、撮影スタジオでぎこちなく軍隊式敬礼を行う作家に対して、（軍隊経験者であろう）撮影者スタッフが敬礼の所作を何度も修正するのシーンでは、作家本人が発する「近代、近代、なぜ、軍隊」、「銃を撃てるのが韓国人男性であると言うのであれば、銃を撃てない私は何なのか」という言葉とともに、個人を国民として措定する/しないという線引きが軍隊経験の有無によって決定されるような、国家＝国民＝軍隊の包摂の運動を、自らの身体の動作のぎこちなさやズレを通じて浮かび上がらせている。

新作「After Potemkin Villages」ではこの徴兵制の問題を引き継ぎつつ、自身のアイデンティ（の構造的不安定性）に関わる２つの歴史的な出来事（1947年5月3日の「日本国憲法」の公布前日に天皇最後の勅令として公布・施行された「外国人登録令」、そして1948年に金九と金日成が出席した「南北連席会議」）に焦点を当てた平面作品を制作。青写真（サイアノタイプ）を使い、過去の出来事/イメージを、かつて未来の投影のために用いられたメデイアを用いてイメージを押し付け、露光させ、洗い流し、青の濃淡として定着させていく。1947年の「外国人登録令」は、植民地政策を通じて「帝国臣民」とされてきた朝鮮、台湾の人々を、翌日の「日本国憲法」公布の直前に「非-日本人」化した法律であり、現在の在日コリアンの人々の置かれている不平等や差別的構造の一因となっている。二人の朝鮮人指導者像の転写作品には、翌年の文科省「あたらしい憲法のはなし」の「戦争放棄」イラストが転写されているが、「外国人登録令」の注釈を通して、「戦後日本」が何を/誰を「外部化/排除」し続けてきたのか、という問いが「平和憲法」の希望に満ちたイメージの裏側から照射されることになる。

これら２つの作品は、作家の「移動」の経験によって裏付けられている。ここで作家が「移動で得た視座」と語るのは、自発的で境界性を軽々と越境するような移動ではない。むしろ強制された移動であり、動くことによって自らの立ち位置が本人の意思に関わりなく否応なしに変えられてしまうような暴力としての移動である。そこでは、（入隊という）条件付きの包摂か（外国人としての）制度化された排除の二重の壁によって、国家＝国民の境界線が現在も収縮運動を続けていることを私たちに示す。1947年以降、在日朝鮮人の人たちが留め置かれ続けられてきたのはこのような国家の「構造化された外部」である。

作家は7月4日付、西日本新聞のコラムで、自身の強制された「移動」の経験そのものが、日本、そしてアジアの歴史的な諸問題が未だ解決されないままになっていることの証左だと語っている。このように排除と包摂を繰り返す国家の内部/外部の「はざま」に留め置かれた自己から世界を逆照射する作家の視点は、「火山島」を記した在日朝鮮人の作家、金石範（キム・ソクポン）氏の言葉「他人の家の鏡の中の自分を見ている意識」を思い起こさせる。作品に通底するのは、自らが得体の知れない力によって引き離されつつあることそ自体を直視する視線であり、この視線が「戦争放棄」のイラストを「裏側」から照射する。

最後に、九州での新たな創作のテーマについて。一つは、佐賀の有田焼の朝鮮陶工たちの歴史について。強制連行さらながらも九州の地で文化芸術を作り出した先人たちの歴史を辿ることで、九州と朝鮮半島の歴史を『移動』を再度学び直し、自身の新しい変化への契機にしたい、と語ってくれました。

展覧会の会期は、7月18日まで（10~14日は休廊）。作家は基本的に在廊している予定です、ぜひ足を運んでみてください。

2021年7月4日　江上賢一郎（アート・アクティヴィズム研究／art space tetraメンバー）