壷井明展「忘却の彼方で」

「この絵は、2011年3月11日に発生した東日本大震災を起因とする福島第一原子力発電所事故を受けて同年8月から描きはじめました」と語る壷井さんの「無主物」展。一昨年、昨年に引き続き、テトラでもまた見ることができます。今年はタイトルがかわり、新たに書き加えられた絵の展示となります、万障お繰り合わせの上、ご来場ください（テトラ担当：森）。以下の文章は壷井さんからです。
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『2015年、1月10日。
いわきのホテルの一室、自分と向かい合っていた元原発作業員はこんなことを語り始めた。

「―その作業員に対して、ねぎらうような言葉、あたたかいような言葉というのは、これはいっさい、周りからかけられなかったですね。
『このやろう死にやがって―』
親方からはそんなふうに言われていた。人が一人欠けたらその分だけ作業が遅れる。元請けに迷惑をかけることになる。全体の作業に影響してくる。ひともそう簡単には集められない、だから、だからそんな口調になるんです。
そんな環境で我々は働いていたんです。このことはみなさんに、ぜひ、知っておいてほしい―。」

彼の福一での体験談を聞いてゆく時間は2時間ほどが過ぎていた。その話しあいの最後に、”これだけは知ってもらいたいこと、伝えたいと思うことありますか”自分が言うと、彼はそんな話をしたのだった。

『（抜粋）・2012/8/22 10:35頃
汚染水貯蔵タンク増設に関わる作業に従事された協力企業作業員１名が厚生棟休憩室において意識のない状態で発見された。当該作業員は５・６号機救急医療室の医師による治療を受けたが、心肺停止状態であることから、11:34 福島第一原子力発電所からいわき市立総合磐城共立病院へ搬送。なお、作業員の身体に放射性物質の付着はない。』

東京電力が事故後の2011年4月からの記者会見資料を公表している。
この上記の事故が彼がすぐ脇で遭遇していた事故だった。彼の就労期間とそれまで彼が自分にしていた話を照合してゆくとおそらくこれであろうと思われ、資料を彼に差し出して見せてみると
「そうそう、これ、これですよ。」
言った。
搬送されたこの作業員の死亡は当時の東電記者会見で口頭でのみ伝えられた。この事故に際し、資料であれ、口頭であれ、その死に対していかに周囲が現実に反応したのかは知るよすがすらない。彼が元原発作業員として伝えたかったこと。
それは、一人の人間の死に対しての、殺伐としたむごさ。そして、そのむごさを醸成せざるを得ない構造的な問題だった。

同年1月13日。
楢葉町のご自宅でさしむかいになったある住職は、自分が避難者の自殺についてうかがうと、目に涙をためはじめ、直近の件が2014年の12月、年の暮れだったことを話し始めた。楢葉の女性が一時帰宅した楢葉の家の玄関で縊死したのだという。この件に関して彼が残しているこれまでの記録についていくつも話してゆくと、やがて、慟哭し、目の前で崩れた。こたつのテーブルに崩れた僧侶の嗚咽を、寸刻、みうごきもできぬ沈黙の空気の中で聞いた。

3.11から4年が過ぎようとしている。
われわれは多くのことを知らないまま、3.11が忘却の波打ち際へ代謝しつつあるのを感じる。その忘却の影で起きていたこと、そして、いまだに続行していること―。知らないままに忘れてゆくには事態のむごさは重すぎる。それはまるで事故の実態の全貌を知らないまま、忘却してゆくことに近い。じぶんはいつしか、自分が福島の地で拾ったいくつものむごさを抽象化して絵に記録してゆく必要性を感じるようになった。それは進行しつつある忘却がそうさせる。

『忘却の陰で―』

今回は、現在製作中である連作作品『無主物』の中からいくつかをあえて製作途中の状態で展示する。記憶の中、そして福岡からは距離としても離れた場所福島で存在している現在の断片へ直通する窓。3月11日という日を契機に、絵を通じて、この離れた場所の現在をわずかでも肌身に感じていただければ幸いである。

（壷井　明）』

壷井明略歴
1976年東京都広尾生まれ。
慶応義塾大学文学部文学科ドイツ文学科卒業。
幼少期を福島県会津喜多方市にて過ごす。
2003年から活動を開始。
スプレーで公共物に描くうち捕縛。
油絵に移行する。
現代社会のイコンをテーマに作品を制作し続ける。
2005年から年二回のペースで東京下北沢本多劇場系列ギャラリーGekiを拠点に絵を見せる。
2013年2月1日から4月14日丸木美術館にて「無主物」招待展示。
壷井明web http://dennou.velvet.jp/index.html